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世田谷美術館 トランス/エントランスvol.7
『in statu nascendi』 をめぐるインタビュー (公演パンフレットに掲載)

ボヴェ太郎(舞踊家、振付家)×塚田美紀(世田谷美術館)

塚田 : 「トランス/エントランス」は、エントランスを単に舞台として使うということではなく、あの空間とコラボレートしてつくったパフォーマンスをお見せする、というコンセプトのシリーズです。ですから、お招きするアーティストがどのようにあの空間をとらえるのか、というのがとても大切な出発点なのですが、ボヴェさんはエントランスに身を置いたとき、何を感じ、どんなことができそうだと思いましたか?

ボヴェ : 空間としては大変難易度の高いところだな、というのが第一印象でした。空間自体がとても強い力をもっていますね。たとえば、階段状になっている部分の背面がもっとも力が強く、すべてがそこに吸収されてしまうという危惧がありました。魅力的な空間なのですが、踊りとして作品化するには難しい、とまず感じました。ただ、空間の中心に立ってみたときに、床の目とか、天井の高さとか、アールや直線等、空間が持っている力学的な力の方向性があると思うのですが、いろいろなものが錯綜しているのは体感できましたし、それらをうまく掌握できたら面白いのではないか、と思いました。

 劇場作品の場合は、ゼロから新しい空間を立ち上げていくわけですが、今回の場合は虚構の空間をむりやりつくると成功しないと思いましたので、空間そのものの持っている力をどのように引き寄せてくるか、ということに集中しようと思いました。しかし、そのまま使うというのでは、空間に中心がなくて掌握しづらい。ですので、アクリル板を置いて、踊りの起点をそこに集約させたらよいのではないかと思いました。ダンスマットをひいてしまうと、ちょっと違う。大理石の床を生かしたかったので。

 それから、空間のホリゾント、背景というものをつくると今回は失敗すると思いましたので、背景の存在しない空間をつくりたいと思いました。空間にもとからある全ての壁面の前に客席を配置することで、壁の持っている視覚的な力を中和させる。といっても、もちろん視界には入ります。ただ、お客さんは、私がお客さんをとおして壁を、その先の空間を感じている、ということを見ることになるので、空間とダイレクトに対峙している状態とは違う印象にできるのではないかと思いました。

塚田 : ボヴェさんが強いとおっしゃった、あの階段と踊り場は、まさに「舞台としても使えるように」という建築家の考えから生まれた空間なんです。ところが、実際に使ってみると、彫刻のような動かないものにはいいのかもしれないけれど、動くダンスには大変難しい。あそこを使ってしまうと、空間の思うツボにはまりすぎる感じがあるからです。「トランス/エントランス」の回を重ねれば重ねるほど、その思いが強くなってきています。あそこを客席にしてしまったのは、ボヴェさんが初めてですよ。
ところで、今回のタイトル「in statu nascendi」とはどういう意味ですか?

ボヴェ : ラテン語で「生まれいずる状態において」という意味です。基本的に私はインプロヴィゼーション(即興)で踊っています。自分のなかから動きを構築するというよりも、身体が空間を知覚することによって、空間のもっているさまざまな要素、そこにある関係性から踊りを立ち上げてゆくので、自分のなかに入ってくる空間、そしてそこから生まれてくるものを大事にしています。空間から生まれてくる状態を視覚化していく、ということですね。今回は、そのことをタイトルにも反映させてみました。

塚田 : お客さんは、ボヴェさんといっしょに、何かが生まれてくるのに立ち会う、ということになるのでしょうか?

ボヴェ : どうでしょうか。見えてくるものは人それぞれ違うでしょうね。象徴的な記号としての踊りではないので、私の動きから何かを読み取ろう、解釈しようとしても見えてこないと思います。いま何が感じられるか、ということだと思います。身体だけではなく空間も見えてきますし、そういった全体の関係性のなかから生まれてくるものを感じていただきたい。

 庭というものがありますね。日本庭園や、中国やヨーロッパにも様々な庭園があります。どれもそのままの自然ではないけれど、風景を構築したものです。私は庭園でぼんやりと時間を過ごすのが好きなのです。私の作品も、何を描こうとしているのか、と考えながら見るよりも、庭をながめるように見ていただけたら、と思います。

2009年3月5日